家に帰ると、猫が出迎えてくれる。
ところが普通犬を飼っている人が思うようなお出迎えではない。これが面白い。
玄関まで走って来たり、呼ぶ声に反応して出てきたりは決してしない。私がカバンを置いて顔を洗って、服を着替えてよっこらしょとPCの前に座る頃になってようやく、どこか居心地の良い隠れ場所から出てきて、私の顔を見上げて「にゃー」と鳴くのだ。
これは「おかえりー」という意味だと思っている。つまり私は「彼女の」家に帰ってくる同居人、と言うくらいの立場であろうか。断じて「ご主人様」では無い。
実はこれでも昇格した方である。この猫は元々飼い猫であったのが(推測)、ある公園に捨てられてボランティアに保護された後、うちの家に引き取られた。最初の1ヶ月ほどは、私が帰るや否や「シャーっ」と警戒の声を浴びせていたのだ。
「あんた誰?私の家に勝手に入らないでよ!」であろう。朝出かけるまでは一緒の布団で寝ていたのに、何て薄情な!しばらくの間、猫部屋(要するにトイレを置いてある物置部屋)に隠れた後、私が食器に入れたカリカリを食べてようやく私が「同居人その1」であることを思い出してくれる、そんな日々であった。
何故こんな事を書いているかというと、どこやらで老人が「大家に野良猫に餌をやることを咎め立てされて」立腹し、大家さんを刺し殺してしまった、というニュースを今朝方聞いたからである。
この老人にとって野良猫は愛しい家族同然だったのだろうか。前後関係が判らないので何とも言えないが、野良猫にむやみに餌をやるのは、十分な自然環境が残っている地方ならともかく、都会では良い結果をもたらさないのは確かである。数が多ければそれだけで周囲に迷惑が掛かるし、世の中猫好きばかりでは無いからね。多分この老人が若い頃は、どこで猫に餌をやろうと自由な時代であったのだろう。
私は猫語が判らない。うちの猫にも「お前の言うことはワカラン」と常々言い聞かせている。だからこの猫が、日中10時間以上マンションの一室に閉じこめられて一匹きり?で過ごし、私が家に居る時さえ外には出られない生活に、満足しているのかどうかは知りようもない。
大阪のような冬でもほとんど雪も降らず、暖かな隠れ場所に事欠かず、猫好きな人も多い街では野良猫の生活も案外悪くないのでは、と想像したりする。もちろん飼い猫に比べれば寿命は短いのだが、それでも数年は生きられる。子供も持つことが出来る。
しかし避妊手術を受け、元居た公園からも引き離されたこの猫に、今更戻れとも言えない。とりあえず「こんな場所ですけど良かったらどうぞ」と暮らして貰うしかなさそうである。

だから、爪痛いから膝から降りてください(>_<)
マイパソの上に乗っても良いですから。。。